ビオディナミ(biodynamics)と呼ばれる特殊な自然農法で育てたワインが、2000年頃から特に注目を集めるようになり、ファンを増やしてきています。
で先日、先輩ソムリエからファクスが届きまして。…「ビオ系のワインを味わう機会が近頃多いんだけど、特定の造り手のワインに独特な…白檀(byakudan)のような香りを持ったワインがあって、あれは何に由来するものかご存じでしたら教えて下さい」
たしかにありますその香り。フランスのブルゴーニュ地方の有名な造り手P.R.やD.D.のワインに顕著で、イタリアの醸造家R.C.のワインにも少し似た香り(こちらはラベンダー)を私は感じます。
白檀の香り…それは、本来なら長く寝かせた最上級のワインだけが時の魔法によって味わいを深めた"飲み頃"の頂点の辺りで放ち始める、熟成香のひとつ…なハズなのですが、なぜにそれらのワインは収穫年より2〜3年で白檀の香りを纏うのか?(もっというと発売時からすでに香る)
太陽と大地の恵みをそのまんま搾り、桶に仕込んでしばらく置くと、葡萄の果皮についた天然酵母の働きで発酵がはじまります。そして数週間で葡萄ジュースはワインへと変身を遂げるのです。そんな自然な流れの中からは現れようのない香り。
もちろん嗜好品だから香り高く魅力的であることは大切ですし、身体に有害なわけではありませんから問題はない。しかし…天からの授かり物だというイメージを与えられてきたワインというものに人為的な仕事の痕跡を感じてしまうと…ちょっと気持ちが冷めてしまうのは仕方がないことだと思うし、その点は深く共感します。なんたって特にビオワインで天然自然のイメージが強いですからね。
香り華やかで魅力的なのはもちろん嬉しいことなんだけど、そんな「上手なワイン」には「感心」はしても「感動」したくない!…と硬派で自然派崇拝なワインファンを気取りたいところですが、
本当は私もP.R.やD.D.やイタリアのR.C.のワインもわりと、どちらかというと随分かなり大好きなもので、厳しいことは言えないのです。
ローマ時代の銘酒と現代の銘酒を比べてみて何の進歩もないとすると何となく残念な気もするし、逆にかつての面影もなくまったく別の飲み物なのだと知るとそれはそれでまた悲しい。人間って勝手なヤツだよ〜!
食べ物を戴くとき、美酒に向き合うとき、目の前にあるそれがはたして「文化の賜物」なのか?「文明の産物」なのか?またその配合比率は何%ずつだろうか?無意識にそんなことを考えています。
そんな自分が、イヤな時もある。でも、考えずに知らずに戴くことのほうがもっとイヤだから、つい考えてしまう。
そうすると、ごくたまに出会いがやってくることがあるんです。混じりっけなしの本物との出会いが。そんな時は…正直泣いちゃいますね。嬉しいというよりも「感謝」と「尊敬」と「出会いの妙」に感じ入って、涙がひとりでにジワリと溢れてくるんです。
味わうだけでわかる。香るだけでわかる。もっというなら観ただけでわかっちゃう。本物ってそんな不思議なチカラがあるものだと思います。
どんなシーンにどんな美酒を選ぶのか?やっぱりTPO次第なのかも。たぶんそう、善し悪しじゃなくて、何はともあれ楽しもう♪という心のゆとりこそ最も大切なのかもしれません。
posted by 八百萬の酒 田村本店 at 00:21| 福岡 |
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